3年間の取組を振り返って

2 事業報告

平成20・21年度 実施取組副代表  植木克美
(北海道教育大学大学院学校臨床心理専攻 教授)

文部科学省「大学院教育改革支援プログラム」は,「新時代の大学院教育」(平成17年9月5日中央教育審議会答申),「大学院教育振興施策要綱」(平成18年3月30日文部科学省)等を踏まえたものです.社会の様々な分野で幅広く活躍する人材を育成する大学院博士課程,修士課程を対象として,優れた組織的・体系的な教育取組に対して財政的支援が行われ,大学院教育の実質化を推進することを目的としたものです.

平成19年度の公募に対して,「人社系」,「理工農系」「医療系」154大学から355件の申請がありました.本学大学院の申請した「現職教員の高度実践構想力開発プログラム」は,人社系採択プログラム53件の1つとして選定されました.支援期間は,3年間です.

本学の教育プログラムは,現職教員の人間発達援助に関する深い学術的教養と,それを具体的・臨床的事例に応用するための「リサーチベースの高度な実践構想力」の涵養を目指すものです.

1 大学全体としての位置づけ

この教育プログラムは,平成19年度本学教育目標を達成するための措置「教育現場の課題に応える高度に実践的な指導力養成のため,教職大学院設置に向けた準備と既存大学院改革に取り組む」に呼応するものです.プログラムの選定を受け,平成20年度の教育目標を達成する措置に,本学大学院学校臨床心理専攻においてプログラムを実施することを明記してあります.支援期間終了後も,本学の第二期中期目標・中期計画と関連づけ,教育プログラムの内容充実,進展を図ります.

2 本学大学院学校臨床心理専攻の教育課程

教育プログラムに取り組む学校臨床心理専攻は,「主として小・中・高等学校等の現職教員及び社会人を対象として,いじめ,不登校,特別な教育的ニーズへの対応等,児童生徒の成長発達とこれに対する指導援助にかかわる学校教育の課題に関して,教育臨床的アプローチを有効に進める高度な専門能力の形成を図る.」ことを目指しています.

学校臨床心理専攻の教育課程は,学校臨床心理学・臨床教育学科目群を中核にし,教育学,教育心理学,臨床心理学,障害児教育学の4領域にわたる科目からカリキュラムを構成しています(図1参照).そして,複雑で多様な今日的教育課題へアプローチするための高度な実践構想力の涵養を目指しています.

夜間,土曜日中心のカリキュラムとしています.修学場所として札幌・岩見沢校(ベースキャンパス)と,函館・

学校臨床心理専攻の教育課程

図1 学校臨床心理専攻の教育課程

旭川・釧路校にサテライトを置き,必要な単位の修得を選択した修学場所で可能としました.授業形態は,対面方式,双方向遠隔授業により実施します.サテライトでは,サテライト専任教員の対面方式,ベースキャンパス専任教員の出張講義,遠隔カップリング実習で授業を行います.研究指導は,複数体制で行います.これにより,広域な北海道で現職教員が勤務校のある地域で学習できる「地域密着型キャリアアップ支援」を展開しています.そして,ベースキャンパスとサテライト合同の論文検討会と発表審査会(最終試験)を実施し,プロセス管理の一元化を進めています.

3 教育プログラム概要

この教育プログラムで目指す「リサーチベースの高度な実践構想力」は,修士論文作成を通して可視化されるものです.教育プログラムの特徴は,次の6点です.(1),(2),そして,(4)の関係を図示したものが図2です.

(1) 育臨床実践メンターを登用し,現職教員院生の教育実践・研究支援を,定期的なメンタリングにより支援します.
(2) 大学教員が院生の勤務校を訪問し研究指導する勤務校訪問型スーパーヴァィズを行い,実践における研究主題の掘り起こしと研究の遂行を支援します.
(3) 研究論文作成を5期(研究主題醸成期,研究主題再考・確定期,研究始動期,研究展開期,研究終結期)に分け,大学教員,教育臨床実践メンターが緊密な連携をとって支援体制を組みます.
(4) (1)と(2)を教育プログラムの両輪として機能させるために,教育臨床実践メンターと大学教員が協働してFD活動を展開します.
(5) 院生の実践知が豊かに交流し合うために,院生同士の協働研究を支援します.これは,院生の自立的研究遂行能力やプロジェクトの企画・マネジメント能力を高めることに結びつきます.
(6) 修了生のための,研修会を組織し,修了後の教育研究支援を行います.
現職教員院生・大学教員・教育臨床実践メンターの関係

図2 現職教員院生・大学教員・教育臨床実践メンターの関係

4 教育プログラムの成果

(1) 学校臨床心理学専攻入学者数,修了生数,学位授与率

学校臨床心理専攻は,平成14年度の開設当初から定員(9名)を満たし平成19年度以降の定員充足率は200%を超えています.平成14年度から平成20年度までの学位授与率は98.1%となっています.平成21年度までに,124名の修了生を輩出しています.このように,定員を超えた院生数にもかかわらず学位授与取得へ確実に結び付けた教育研究を展開しています.

(2) 教育プログラム実績

このプログラムでは,現職教員院生が互いにその声を丁寧に聴き取りながら,カンファレンス的な学びを深めることができるように,多元的,組織的メンタリングを展開しています.プログラム実施の1年目は,院生個人への個別メンタリングを中心に進めました.そして,2年目は1年目の個別メンタリング活動から得た現職教員院生のニーズに対応したテーマを掲げ,メンター企画勉強会を新しく実施し,平成21度も継続しました.さらに,3年目の最終年度は,現職教員院生同士が互いを尊重し合いながら自らのことばで自由に語らい,その語りを丁寧に読み取り合い,学術的な研究の世界をきり拓いていけるよう,グループメンタリングを中心に展開しました.

グループメンタリングは,在学院生,修了生,そして,大学教員,専門員,メンターが加わった教育プログラム全体の集約の場となっています.大学教員自らもこの取組を通して教育・研究力を高めていく取組を進めました.

[出張メンタリング]

平成20年度より実施している出張メンタリングを,平成21年度は函館・旭川・釧路の全てのサテライトで実施しました.出張メンタリングは,函館・旭川・釧路サテライトに札幌ベースキャンパスの大学教員と教育臨床実践メンターが直接出向いて,サテライトの大学教員と協働して実施するサテライト訪問型のメンタリングです.

旭川出張メンタリング  教育臨床実践メンター 後藤広太郎

メンタリング全般を通して感じたことは,現職教員院生の方々の研究に対するモチベーションの高さです.院生の皆さんが現場で感じていることを,より深く追求しようとする姿勢がとても印象に残っています.そして,サテライトの大学教員である内島貞雄先生の各研究テーマへのアドバイスは,研究者として学ぶところが非常に多かったです.出張メンタリングでは,「小さなゼミ」のような感覚で臨めます.このスタイルですと,特定の知識や考えの一方的な伝達ではなく,多角的な視点から情報が提供されるので,1つのテーマを広く深く検討することが可能となります.院生の方々と大学教員,メンターの3者にとって貴重なディスカッションの場ともなることを,今回の旭川出張メンタリングで強く感じました.

[グループメンタリング]

グループメンタリングは,平成21年度に大学教員,相談・研修担当専門員,教育臨床実践メンターにより月1回定期的に実施され,このプログラムの拠点となっている札幌市立北九条小学校内にある大学院札幌サテライトで行っています.メンタリングを希望する院生・修了生が自由に来室し,何でも相談することができ,参加者で意見交換できる方式をとっています.

新しいスタイルのグループメンタリング  大学院GPプログラム担当職員 川端愛子

第2回グループメンタリング(平成21年6月7日)では,院生,修了生,指導スタッフ,合わせて10名が参加し,それぞれが研究していきたいこと,日頃の実践を通して考えていることなどに関する活発なディスカッションがなされました.教育臨床実践メンターの橋本道子先生からは,論文の執筆に統計を活用する方法について話題提供があり,参加者は統計を修士論文執筆や日頃の臨床実践にどのように生かせるかについて話し合いました.終了後のアンケートでは,「統計の基本的なことにふれられてよかった」「統計だけでなく,調査や研究の手法も色々と調べてみようと思います」などの感想があり,グループメンタリングをきっかけに自ら学びを深めていく姿勢がみられました.

第3回グループメンタリング(平成21年7月12日)には,指導スタッフ,院生,修了生,合わせて11名が参加し,主に修士論文のテーマについて自由に話し合いました.この日は,現職教員である高橋道也先生(学校臨床心理専攻 平成19年度修了生)が修了生メンターとして加わり,修士論文を書き上げるまでの過程や,修士論文執筆で得られた知見を子どもの指導や教員間の関係構築などに生かしていることについて語られました.終了後のアンケートでは,「自分にはない視点やエネルギーをもらえる時間でした」「自分の思考を人に伝えることの難しさ,そしてそれが伝わったときの受け止められた感覚,受容してくれる雰囲気がこのグループにはありました」などの声が寄せられました.

これまでのグループメンタリングの様子から,院生,修了生,指導スタッフという枠を超えて,互いに自分自身の知識や臨床経験について,議論を展開しながら学びを深めていくという新しいメンタリングのスタイルが創られていく様子を感じました.

[メンター企画勉強会]

メンター企画勉強会は,プログラム1年目の個別メンタリング活動により得た知見から,プログラム2年目に新たに教育臨床実践メンターの発案により企画,実施されたメンタリングの1つです.現職教員院生のニーズに対応させたテーマをたてています.

平成21年度第1回メンター企画勉強会  教育臨床実践メンター 橋本道子

今回のメンター企画勉強会では,教育臨床実践メンターの後藤広太郎先生が,修士論文作成の過程をご自身の体験をもとにわかりやすく話題提供されました.院生それぞれが持っている興味・関心をどのように研究に結びつけていくかに重点を置いた内容となっており,これから修士論文に向けて研究主題を絞ろうとしているM1院生にとっても非常にタイムリーな話題だったのではないかと思います.参加した院生の皆さんからも,「修士論文のイメージをつかむことができた」,「修士論文に対する不安が解消された」等の感想が寄せられました.

[修了生特別講師事業]

このプログラムでは,現職教員院生がコミュニティーベースの協働研究を展開できるように,集中講義に修了生を特別講師として迎えています.平成21年度には,「特別支援教育コーディネート特論」と「特別支援教育コーディネーター実践演習」の2つの集中講義において,5名の修了生特別講師に話題提供をお願いしています.

札幌市教育センター教育研究員  田高加奈恵
(本学大学院学校臨床心理専攻 平成20年度修了生)

私は先日,大学院の講義で修士論文である「児童期の子どもを持つ保護者が描く家族イメージに関する研究―児童デイサービスを利用する保護者を対象として―」の話をする機会をいただきました.大学院の講義では,「主題設定」「指導教員との連携」「関係機関への協力依頼」「研究後の研究対象者へのフォロー」についての話をさせて頂きました.修士論文執筆中は,自分の思うままに自分が満足するように書いていましたが,今回は,修士論文を初めて聞いてもわかりやすいように言葉に気をつけて資料を作りました.また,修士論文を書き終えて間を置いてから読み直すと執筆中には気づかなかった指導教員との連携の大切さ、研究後の研究対象者へのフォローの大切さにも気づかされました.

北海道教育大学大学院教育改革支援プログラムでは,現大学院生と修了生の学び合いの機会が多く設けられています.そのため,大学院修了後も大学院や現大学院生との繋がりを持つことができます.私自身も,大学院時代に修了生の修士論文のお話を聞き、とても勉強になりました.このような機会が今後も継続し,大学院生同士や修了生の繋がりが広がっていってほしいと感じました.

今回の取組を通して,学びや気づきを自分だけのものにするのではなく,現場に還元していくということ,周りに伝えていくということ,次に繋げていくことを学びました.今後も大学院で学んだことを現場で活かし,周りの人に伝えていきたいと考えています.この取組を通してその気持ちが強くなりました.このような機会を与えて下さりありがとうございました.

滝川市立西小学校教諭  小野富士子
(本学大学院学校臨床心理専攻 平成16年度修了生)

集中講義「特別支援教育コーディネーター実践演習」で,「困難を抱えた子どもを支える地域の支援体制~教育臨床カンファレンスが機能する特別支援教育コーディネィト」について話をする機会をいただきました.

院生のみなさんの関心は,「発達援助者が子ども理解を共有して,どのように支援体制を作ったらよいか.障がい特性や適切な対応を,当事者・保護者・周りの人達に,どのように理解してもらえばよいか.事例を通して学びたい.」というものでした.みなさんが,私の報告に熱心に耳を傾けて下さりながら,ご自身が取り組んでいる事例を重ね合わせて発言して下さり,私も共に学ばせていただいたというのが実感です.

最後に,庄井良信先生が「特別支援教育の真の目的」について問題を投げかけて下さいました.私の新たな課題として,今年一年かけて考えてみたいと思います.深い学びの場に感謝します.

受講生の声

・実際に自分も努めた経験がある特別支援教育コーディネーターについて,深く振り返る機会を与えられました.実際に現場で活躍されている修了生のコーディネーターの方をお迎えし,自分が悩んでいたこと,疑問に思っていたことを交え,直接交流できたことが自分にとって実り多い時間となりました.

・エピソードも交えて現場での苦悩や試行錯誤の様子等,本音を語っていただきました.先輩援助者としてのリアルな成長の様子を見させていただき,こちらも勇気を授けてもらったような気がします.

・修了生が勤務している小学校などで実践された「特別支援教室」的な支援のシステム,学校づくりは,わたしの学校で行っている方法と共通するところが多く興味深くお話を聞かせていただきました.

・障害のある子どもをもった保護者,夫婦に対するサポート,夫婦間の結びつきを強めたり,特に障害のある子どもと父親の結びつきを強くすることの重要性を再確認しました.特別支援教育において障害をもった子どもの支援はもちろんであるが,保護者のサポートも重要なテーマです.

(3) 教育プログラムの評価,情報公開

シンポジウム,活動報告会を開催し,大学教育改革プログラム合同フォーラム,学会発表により成果の検証を年度毎に行っています.さらに,専用ホームページ開設,ニュースレター発行により情報公開を進めています.教育プログラムの評価を,院生への自由記述形式のアンケートにより実施しています.