ご挨拶

北海道教育大学 理事(大学改革担当) 蛇穴 治夫

学校の教師には,①教職に対する強い情熱,②教育の専門家としての確かな力量,③総合的な人間力,といった要素が以前から重要であると言われております.また,これらの資質を身につけ,さらに磨いていくために,教師には不断に最新の専門的知識や指導技術等を身につけていくことが求められています.学部4年間の大学教育では,いわば,そのための基礎基本を学ぶことになります.即ち,教育の意義,教科指導や心の教育のための基礎,子ども理解等につき一通りのことを学び,教育実習において初めて現実の子どもを相手に実践を行うという経験を積むことになります.大学院におきましては,学部教育の基礎の上に,理論に照らして実証的に自分の実践を検証し,省察的に振り返りながら改善を加えていく,そのような,研究的視点を身につけた実践者を養成しています.

この様な学部教育と大学院教育も,変化の速い社会の中で,本質的に変わらない部分を維持しながら,教員養成の教育課程や方法について見直し,改善を図ることが私たちの責務ともなっております.そうした流れの中で,本学の「現職教員の高度実践構想力開発プログラム」が文部科学省が募集する,平成19年度の大学院教育改革支援プログラムに採択されました.

本プログラムは,①児童生徒の成長発達と深く結びついた,様々な教育上の課題への教育臨床的専門能力の育成,②北海道という広域性に対応し,4つのサテライト校を結んだ教育体制の整備,③現職教員大学院生に対する「教育臨床実践メンター」・「勤務校訪問型スーパーヴァイズ」などの取り組みに特色があります.

現職教員の皆様と共にこのプログラムに取り組み,少しでも学校現場で待つ子ども達のために還元できるものを身につけて帰って頂けるよう,関係教員一同頑張っていく所存です.

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北海道教育大学大学院学校臨床心理専攻教授 実施担当代表 庄井 良信

いま,教育現場では,不登校,いじめ,暴力,学習困難あるいは特別な教育的ニーズを持つ子どもたちへの理解と支援など,いわゆる現代的課題へのいっそう丁寧な対応が求められています.現代社会のなかで多くの不安や困難を抱えざるをえない児童・生徒やその援助者たちを深く理解しながら,その人びとへ刻々に対応していく臨床的な実践構想力が求められているのです.生きた教育の現場に参画し,現場とともに学び合い,現場の新しい可能性を構想する.いま,私たちは,こうした創造現場の知を求めて,勤務校訪問型のスーパーヴァイズや教育臨床実践へのメンタリングをはじめ,現職教員の高度実践構想力を涵養するためのプログラムの開発を推進しています.

現職教員をはじめ,地域における発達援助者の専門的力量は,ただ単に,抽象的な理念や理論を頭で覚えるだけで身につくものではありません.もちろん,教育学や心理学などの理念や理論そのものは学術的教養としてとても重要です.しかし,それらは,具体的な創造現場といきいきと触れ合い,他者とともにその現場に立ちどまって深く思索しあう臨床経験に裏づけられなければ,実践に生きて働く構想力にはならないのです.

教師や発達援助者の高度な実践構想力は,生きた現場の事実に触れて,何よりも自分の五感で感じた世界を大切にして,そこに「問い」を発見し,その「問い」を理論へと橋渡ししていく専門的な支援(質の高いメンタリング)を受けて十全に磨かれていくものです.人間の発達援助に関する洗練された学術的教養と臨床的な実践構想力は,このような理論と実践との緊張を伴う豊かな往還への継続的な専門的メンタリングと,探究的な研究力量の形成への不断の支援によって,本格的に高められていくのです.

今日,高度専門職大学院(教職大学院)や現職教員対応の大学院教育の拡充が図られるなか,地域に生きる現場の教師が,理論と実践とを,それぞれのライフステージで高度に融合するための新たな研究方法論も模索されはじめています.本プロジェクトが,困難の多い教育現場に,希望を持って生きる現職教員の学びと成長を,生涯にわたり支援できる新たなプログラムの開発に貢献できることを心から願っています.

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札幌市立北九条小学校長(北海道教育大学大学院札幌サテライト設置校) 三上山 高

20数年前,運動会種目の徒競走練習をしていた時のことです.A子(小学5年)が,ふざけてにやにやしながら,一番最後にゴールし,待機場所に移動しました.その様子を見ていた同じ学年の担任は「一番最後だとしても,一生懸命走りなさい.そのふざけた態度は許されない」とA子を叱ろうとしました.しかし,担任は「一生懸命走るけれど,いつもビリ.その悔しさが,ふざけてにやにやした態度となったのかもしれない.ふざけた態度は,悔しさの裏返しかもしれない」と考え,叱ることを思いとどまったそうです.

放課後,担任はA子に「ゴールでの様子が気になった.訳があるように思うけれど」と話したそうです.A子は,担任に「自分はスポーツが苦手だ.運動会が近くなると,スポーツが得意で足が速く,リレーの選手になる姉と比べられているような気がして,暗い気持ちになる.今日の練習もビリだったので,もういろんなことが嫌になった」と答えました.担任は,彼女が帰った後,あの時,「そのふざけた態度は許さない」と叱っていたら,A子はその後どんな思いで毎日を過ごすことになったのだろうと,改めて考えたそうです.

その話を聞いて,私は「ふざけた態度」の底に潜む思いに気付くこと=『気付く目を鍛える』こと=の重要性に,改めて思い知らされました.そして,『気付く目を鍛える』ために,「子どもの現在の実態(見方・考え方・行い方・感じ方,既知・未知,体験,得意・苦手など)を把握し,いままでと比べ,どのような思いを抱いているかについて想像することが不可欠である.そして,ある視点をもって,子どもの言動の底に潜む思いを受け止め,向き合うことが重要である」と考えています.

本校には北海道教育大学大学院サテライトが設置されています.サテライトとの交流を通して,様々な事例研究に裏付けされた「子どもの思いを受け止める視点」を,本校教職員が学び,子どもの言動の底に潜む思いに対する『気付く目を鍛え』,子どもの抱いている思いを受け止めることが,さらに充実した教育活動につながっていくと考えています.

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