第3章 これからの金融教育
 
1.大学における金融教育

北海道教育大学釧路校教授 鎌田 浩子
 


Ⅰ 授業の背景

 北海道教育大学は、札幌校、函館校、旭川校、釧路校、岩見沢校の5キャンパスからなる大学であり、このうち札幌校、旭川校、釧路校が北海道全域の教育現場に密着した「教員養成」を行っている。
 一方北洋銀行は、資金量・預金量は道内銀行で最大かつ第二地方銀行で最大の資金量であり、北海道民にとって最も身近な銀行である。北海道教育大学では、中期目標に「北海道の地方自治体、公共・民間団体及び企業と連携した研究活動により地域の総合的な発展に寄与すること」、「教育現場に立脚した専門的研究」を行うことをあげており、北海道教育大学と北洋銀行は平成16年11月に「教育に関する覚書」を締結し、「北海道教育大の児童・生徒及び学生の教育支援に関すること」「北海道教育大が実施する現職教員の教育・研究及び研修等の支援に関すること」等の協力体制を作った。さらに、平成19年9月に金融教育の「共同研究契約書」を締結し、平成20年度から本22年度がその期間となっている。
 これまでの研究の成果としては、平成21年3月附属札幌中学校において、北洋銀行津山博恒調査役と附属札幌中学校太田和幸教諭(当時)による共同授業の実施、平成21年及び22年8月北海道教育大学において、北海道教育大学濱地秀行講師による公開講座の開催、平成21年10月札幌全日空ホテルにおいて、北海道教育大学、北洋銀行、東京学芸大学、みずほフィナンシャルグループ主催の金融教育公開研究会の実施等があげられる。そして、本年度その集大成として北海道教育大学の教員養成3キャンパス(札幌校、旭川校、釧路校)において「金融教育」という名称の授業を実施した。ここでは、この授業報告を行いたい。
 

Ⅱ 授業の位置づけ

 授業は、教養科目の「現代を読み解く科目群」の一つであり、社会科、家庭科等の教員免許を取得するための専門科目ではない。この教員養成3キャンパスの学生は教員免許が卒業要件であるため全員が何らかの教員免許を取得する。特にほとんどは小学校教員免許を取得し、その約半数は大学卒業後、実際に小学校の教壇に立つ。このため、これらの学生が金融教育の授業を受講することはそのまま北海道における学校教育における金融教育の普及につながると考えられる。また、平成24年度より本学の教養教育の大幅な改定が予定されているが、その後も「金融教育」の授業は継続される予定である。


現在の授業の位置づけ(単位数は教員養成キャンパスの例)

 

Ⅲ 授業の実際

 授業は、各キャンパスに金融教育を担当できる教員がそろっていないこと、生活科、社会科、家庭科と多角な視点から金融教育を学ぶことが重要であること、現職教員にも授業を担当してもらいより具体的に授業をイメージできるようになることが必要であることなどから夏休み期間中8月6日(金)から9日(月)の4日間の集中講義で開講した。授業は双方向(3方向)のテレビ授業で実施した。本システムでは、お互いに画像や書画及びマイクを用いて音声のやりとりができる。また、各キャンパスに大学院生のTA が配置された。ただ、夏休み期間で、他の講座でのシステム利用が重なり、最終日4日目(第13~15回)は札幌校の回線が使用できず、旭川校と釧路校は釧路校から野口泰秀教諭が双方向で、札幌校は濱地講師がそれぞれ授業を行った。受講生(登録者)は、札幌校11名、旭川校17名、釧路校28名の計56名であった。
第1回 オリエンテーション・金融教育について(発信札幌・鎌田)
第2回 貨幣と金融(発信札幌・濱地)
第3回 学校教育における金融教育(発信札幌・鎌田)
第4回 社会人としてのマネーモラル・銀行の役割と社会的責任(発信札幌・小林)
第5回 指導案とは何か(発信釧路・野口)
第6回 小学校生活科からの金融教育の提案(発信釧路・野口)
第7回 小学校社会科からの金融教育の提案(発信釧路・野口)
第8回 中学校社会科からの金融教育の提案(1)(発信札幌・太田)
第9回 中学校社会科からの金融教育の提案(2)(発信札幌・太田)
第10回 中学校家庭科からの金融教育の提案(1)(発信旭川・世戸)
第11回 中学校家庭科からの金融教育の提案(2)(発信釧路・大西)
第12回 高等学校家庭科からの金融教育の提案(発信旭川・秋山)
第13~15回  生活科の教材を作ろう 旭川校、釧路校(発信釧路・野口)
 起業家ゲームをしよう 札幌校(濱地)
「金融教育」の各回の授業テーマ・発信地と担当者
 

Ⅳ 授業の感想と今後


 本授業の目的は、金融教育のできる教員の育成をめざすものである。このため当初、金融教育とは何か等の講義を行ない、学生が指導案と教材を作成しそれを基に模擬授業を行うという流れを計画していた。しかしながら、教養教育の科目として開設されたことから、その受講生の多くは1年生であり、しかも前期授業であり、学習指導案を書くどころか、学習指導要領などについての知識も浅い。このため、金融についての知識を身につけることや金融教育についての実際にふれることを中心として実施した。以下は学生の授業後に無記名で行ったアンケートの感想である。
銀行の仕事に以前興味をもったことがあったり、現在自分が奨学金を借りているのに、システムがあまり理解できていなかったので今回勉強できてすごくよかったです(2年・女)
最初金融教育と聞いて社会科的な感じだと思っていたが、様々な視点からの教育について学ぶことができてよかった(2年・男)
ものを大切にするといったことも金融教育に入るということ(1年・女)
様々な先生の考え、取り組みなどがよくわかり良かったです(1年・男)
教科と連携することでもっと理解が深まるし、子どもたちにとって楽しいものになるなと思った(1年・女)
どのように金融教育を授業すればいいかがわかったので、自分が教員になったときに役立つ講義であったと思う(1年・女)
 このように授業の目標である、金融についての理解、金融教育は特定の教科や領域だけで行うのでなく、教科や校種で関連をもって行うことの重要性、そしてものを大切にすることも金融教育であることの気づき等、金融教育への理解が学生の感想から読み取れる。今回の授業についての学生のアンケート調査については今後分析を行い、関連学会等で発表の予定である。本学の取り組みが大学における金融教育の普及への一石を投じることになるとともに、特に北海道内の小・中・高等学校における金融教育の進展につながることを願っている。今後はさらに金融教育のできる教員養成のため、教員免許習得のための選択専門科目としても開講できるよう準備を進めたい。
 なお、本学の実践は、「金融教育を考える小論文コンクール」(金融広報中央委員会主催)で、大学と銀行、小学校、中学校、高校の教員との連携による先駆的な取り組みが評価され、2010年12月に特賞につぐ優秀賞を受賞した。
 

2.金融教育の体系化に向けて

-学習指導要領と金融教育-

北海道教育大学札幌校講師 濱地 秀行
 

Ⅰ 金融教育とは何か

 金融教育とは、いったい何だろうか? それを考えるのには、自分の生活を振り返ってみるとわかるだろう。例えば、コンビニエンスストアでアルバイトをして、5万円の給料をもらった。それで、CDや本を買ったり、友達と食事に行ったり、あるいは、卒業旅行のために貯めたり… 経済活動は常に身近なところにあり、貨幣や金融とはほぼ毎日接しているはずである。
 このことから、金融教育の輪郭が浮かんでくる。コンビニエンスストアでのアルバイトなら5万円だが、それを家庭教師でのアルバイトにすると、同じ時間で8万円の給料になるかもしれない。つまり、金融教育の第一の目標は、「いかにして収入を得るか」である。仕事をする意義や収入の決定メカニズムなど、一般的には「キャリア教育」とも呼ばれる内容がこれに含まれる。
 次に、CDや本を買う、友達と食事に行くという行為は、経済学の用語では「消費」と呼ばれる。得られた5万円の収入を、どのように使うのか、あるいは、どのように使わないか(=どのように貯蓄するか)、現在のことや将来のことをいろいろ考えながら、消費についての決定を行う。この「いかにして消費するか」というのが、金融教育の第二の目標となる。
 この2つの目標と比較すると、第三の目標は、大学生にとってはやや想像するのが難しいかもしれない。そこで、卒業して、就職したことにしよう。就職をすれば、大学時代のアルバイトより多くの収入を得ることができる。しかし一方で、親からの援助は得られない。だとすれば、家を建てるためにどうしたらいいか、老後の生活をどうすればいいのか、そういったことを考えつつ、収入のうちで貯蓄をどのくらいにすればいいかを決めなければならない。ここまでは、先ほどと同じである。問題は、そうやって貯蓄をする場合、いったいどういう形で貯蓄をするかということだ。銀行に預けるのか、それとも国債を購入するのか、株式を購入するのか… つまり、「いかにして資産管理を行うのか」ということになる。
 こうやって見てみると、金融教育は、まさに「生きる力を育てる」ための教育であることがわかるだろう。現代において、100%の自給自足生活をするのは絶対に不可能であるから、普通に生活しているだけで、金融に何らかの形で必ず関わっているのだ。

Ⅱ 金融教育の難しさ

 このように、金融教育は人間が生きていく上で必要なものなのだが、日本において、金融教育を積極的に行っている学校や教員は、非常に少ない。その理由はいろいろ考えられるが、最大の要因は、文部科学省の学習指導要領にあると思われる。
金融庁総務企画局政策課が2004年に出した「初等中等教育段階における金融経済教育に関するアンケート」調査結果報告書によると、金融教育を「重要でありかつ必要である」と考えている学校は多いものの、「今後、積極的に行って行きたい」と回答した学校は、2割から3割程度である。このことからも、日本の学校で金融教育が積極的ではないことがわかる。

出所:文部科学省(2004)
『「初等中等教育段階における金融経済教育に関するアンケート」調査結果報告書』 11ページ

今後、金融経済教育をどのように行いたいか
出所:文部科学省(2004)
『「初等中等教育段階における金融経済教育に関するアンケート」調査結果報告書』 12ページ
 このアンケートで特に注目すべきなのは、「なぜ日本で金融経済教育にまとまった時間をあてられていないのか」という設問に対する回答である。小学校でもっとも多かった回答は、「学習指導要領での扱いが異なるため」で50%、中学校では、「教科書等に関係事項の記載が少ないため」で44%の回答であった。教科書が学習指導要領に沿って作られていることを考えると、結局、学習指導要領が学校現場における金融教育を妨げているとも言えるのである。
我が国で金融経済教育にまとまった授業時間が充てられない要因
出所:文部科学省(2004)
『「初等中等教育段階における金融経済教育に関するアンケート」調査結果報告書』 13ページ

 事実、現在の日本では、「金融」という科目は存在していない。また、金融にもっとも近い「経済」という名前がついた科目は、高校・公民の「政治経済」だけである。そして、金融教育に含まれるべき内容は、社会科(高校の地歴と公民を含む)と家庭科、小学校の生活科、さらには道徳や総合的な学習の時間など、実に幅広いところに散らばっている。それぞれの教科にはそれぞれ目標があり、必ずしも満足できるような金融教育ができるとは限らない。しかも、それぞれが個別に授業するということは、体系的に金融教育を学ぶことなど、とてもできないのだ。このことが、日本における金融教育をより難しくしているのである。
 

Ⅲ アメリカの金融教育

 日本の金融教育の方向性を考える上で参考となるのが、アメリカの金融教育である。ここでは、それぞれの国の金融教育に対する取り組みについて見てみよう。
 アメリカの金融教育を見る際に重要なものの1つは、「全米経済教育協議会(National Council on Economic Education:以下、NCEE)」による"A Framework for Teaching the Basic Concepts: Economics America Edition"である。これは、高校卒業までに学ぶべき基本的な経済概念について示したものであり、発達段階に応じて、到達すべき目標が書かれている。ただし、山根(2006)で指摘されているように、このフレームワークは、金融教育に特化したものではないし、また、金融教育に不可欠な実用的な内容は含まれていない。
 アメリカで金融教育を推進しているNPO 団体に、「パーソナルファイナンス能力のためのジャンプスタート連合(Jump$tart Coalition for Personal Finance Literacy:以下、Jump$tart)」がある。このJump$tart が2001年に発表したのが、"National Standard in Personal Finance"である。これによると、金融教育は、所得・金銭管理・支払いとクレジット・貯蓄と投資、の4つの領域からなるとされている。先ほど、金融教育の目標として、「いかにして収入を得るか」「いかにして消費するか」「いかにして資産管理を行うのか」を挙げたが、それらに対応しているといえよう。
 この2つは、いずれも英文で書かれたものであり、経済学の用語を知らなければ、なかなか読みこなすことは難しい。しかし、NCEE のフレームワークに対応したものとして、山岡・淺野(2008)があり、Jump$tartのスタンダードに対応したものとして、山岡・淺野(2009)がある。それらを見てみると、日本の高校の公民科の「政治・経済」に書かれている内容とは大きく違うことがわかる。特に、金融教育との関係では、金融に関する最終的な判断力をつけることができるようになっているのである。
 だが、ここで注意しなければならないのは、日本の学習指導要領にあたる全国的な教育の基準が、アメリカには存在していないことである。NCEEやJump$tartが努力してフレームワークやスタンダードを作成したとしても、それをどのように受け取り、どのように使っていくのかについては、それぞれの州や学校に任されている。そのため、山根(2006)での指摘のように、アメリカの金融教育について問題がないわけではない。例えば、「金融教育の優先順位は高くない」「金融教育の知識が不足している」など、である。したがって、より実効性が高く、日本の教育の実情に合った体系的な金融教育が必要になってくるだろう。  
 

Ⅳ 金融広報委員会の「金融教育プログラム」

 日本の体系的な金融教育について、注目しなければならないのが、金融広報委員会が2007年に出した「金融教育プログラム」である。このプログラムには、金融教育の目標と内容がまとめられているが、特に、さまざまな教科に散らばっている金融教育の内容を積み上げ式に体系化してあるのが特徴である。従来の金融教育の研究においては、それぞれの教科・科目の一単元程度の中での実践例の紹介は数多いが、これほどまでに体系化しているものはないだろう。また、その体系化されたプログラムに沿った形での指導計画の例が、それぞれの学校のさまざまな教科(中には、特別活動までも含まれている)ごとに、細かく載せられている。だが、金融教育を行うときに、「これさえあれば何でもできる」と言ってしまうことはできない。それは、先ほど書いたように、学習指導要領の存在があるからである。
 学校現場においては、学習指導要領から離れた教育は、ほとんど無理である。授業の中で、内容の一部、離れてしまうことはあるだろう。だが、それぞれの教科・科目の内容や進度をまったく無視するわけにはいかない。もちろん、「金融教育プログラム」でも、学習指導要領が無視されているわけではない。例えば、中学校社会科の指導計画例の1つは、学習指導要領の公民的分野の中項目「私たちの生活と経済」の導入として紹介されている。しかし、どちらかというと、体系的な金融教育が先にあり、それと指導要領が結び付けられているように思われる。そうすると、学校現場でそのまま使うのは難しいだろう。
 

Ⅴ 金融教育の体系化に向けて

 とは言うものの、従来のように、学習指導要領にしたがって、各教科でバラバラに金融教育を行うことは、これまでの教育が継続されることを意味し、その意味では、やはり金融教育の体系化が必要となる。そこで、「金融教育プログラム」を参考にしつつ、しかし、それとは逆に、学習指導要領から金融教育に関する部分を抜き出して、それを体系的に組み上げていくという方法が考えられる。ここで必要なことは、次の3点である。

1 それぞれの目標において、どのような概念を教えて行くべきなのか
2 学年内でそれぞれの教科に分かれている内容を、どのように関連づけるか
3 それぞれの学年に分かれている内容を、どのように関連づけるか

 これをきちんとしないと、日本の教育の実情に合わせた、実効性の高い金融教育を、実際の学校券場で行っていくことはかなり難しいだろう。
 野口論文では、「2」の観点から、小学校における学習指導要領が整理されている。特に、ほとんどの教科を1人の担任が教えるという小学校の特性から、さまざまな教科の横のつながりを重視した実践は、金融教育の1つのあり方を提示したものといえるだろう。
 また、[1]中学校社会科における授業実践(P53~)では、「3」の観点からの実践が紹介されている。中学校社会における歴史的分野と公民的分野を結び付けるというアイデアは、学年をまたいだ金融教育の1つの実践例である。さらに、[3]中学校家庭科としての金融教育の考え方、および単元計画の一例(P70~)では、「3」の観点を越えて、小学校と中学校の連携について整理されている。ただし、附属小学校と附属中学校という連携しやすい学校同士の事例であり、普通の公立学校でこのような連携を実際に行うのは、かなり難しいかもしれない。しかし、こういった連携の枠組みを作っていくことは重要である。
 このような試みを通して、金融教育の体系化が進んでいくのではないだろうか。そのためには、小学校・中学校・高等学校と大学・金融機関が連携して、今後もさらなる研究を進めていく必要があるだろう。

参考文献
 金融広報中央委員会(2007) 『金融教育プログラム』
 金融広報中央委員会(2005) 『金融教育ガイドブック』
 山岡道男・淺野忠克(2008) 『アメリカの高校生が読んでいる経済の教科書』 アスペクト
 山岡道男・淺野忠克(2009) 『アメリカの高校生が読んでいる金融の教科書』 アスペクト
 山根栄次(2006) 『金融教育のマニフェスト』 明治図書
 NCEEホームページ http://www.councilforeconed.org/
 JumpStartホームページ http://www.jumpstart.org/